1. イントロダクション
滋賀を拠点とするE-Radioは、1996年に開局。自社製作番組は朝と夕方にそれぞれ3時間ほど、金曜日は朝から夕方にかけ長時間番組を2つ制作し、土曜に生中継の『モビィがおじゃましバス』を放送する。夜間(午後8-10時)にJFNのアーティストDJ番組も多く放送する。このようなラインナップが2000年代の前半あたりまで続く。
夕方は何度かリニューアルしているが、開局時には『さわってE-Radio』という、川本勇が担当する番組があったと思う。資料がほとんど残っていないのでなんとも言えない。
2. 拡大への道
2003年4月に『おひるねっと』の放送時間が11時30分からと拡大。月曜から木曜までの昼のJFN制作番組から堅実に自社制作へと切り替えてゆく。
2005年4月からは1時半から30分間、彦根からの生放送『キタマチ交差点』がスタート。午後2時-4時に『ナッツ・メロン・ショー』がスタートし、年配層にアピール。10月に 『Lake Side Morning』担当の大角香里が産休、1年後には『おひるねっと』に代わる『Lunch with u (ランチュ)』で復帰する。
2008年4月からはレイクサイドとランチュが合体して再スタート。月火の大角と水木の木谷美帆が7時半から午後1時まで、と「もう朝違うやん」というわけで 『LSM (レイクサイドモーニング)』と改称した。
午後1時からのJFN制作 『Daily Flyer』は放送し、ラジオショッピングの広告収入も得ていた。
一方で、夜7時台にも手を拡げた事もあったが撤退。土曜夜の『サ・タ・シ・ガ』も終了した。
近畿圏内の比較を行うと、JFN加盟のFM Osakaや神戸のKiss-FMは共に経営悪化等の理由で自社制作を減らす傾向にあり、なおかつ新番組が定着しづらいと言うジレンマに陥っていた。
3. それは翳りというものか
順調に進んでいるものと見えたE-Radioにも陰りが見えだす。
2008年10月で『ナッツ・メロン』が終了。金曜夕方の『プレイランドシガ』も1時間短縮して新番組へと移る。
2009年7月からレイクサイドが11時までとなり、キタマチも金曜昼の放送『キタマチガーデン』へ変更となった。これで、11時半から4時までの自社製作がなくなり、11時の『ディア・フレンズ』からJFNの番組が続けて放送されることとなった。
4.
後発にしては確実に大口の広告を獲得して、平日昼間を自社製作番組に切り替えてきた。『おひるねっとステーション』は滋賀銀行のしがぎん経済文化センターの提供だった。『LSM』には地元スーパーの平和堂。夕方の『レディオ・ロコ』は西武グループの名残で現在もパルコが広告を出す。『キタマチ』にもタイム広告はある。中小のJFN加盟のラジオ局にとって自社製作が週17時間減ることの意味は大きい。数年前に戻っただけかもしれないが、この事には3つの推測が可能になる。ひとつは予算削減による番組制作の緊縮。次にそれが広告収入の落ち込みによるもの。そして、収入はあったが、無理が祟ったという、これは憶測。タイムに限れば広告収入は安定しているが、それでも減少傾向にあるのは事実で、スポット含めて決して安泰ではない事を示した格好となった。
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